2005年3月2日水曜日

朱鷺によせる哀歌

 吉松隆は、その親しみやすい作風とちょっとおかしくて愛らしいタイトルで、広く知られている作曲家です。親しみやすいとはいっても、おもねるようなそんなそぶりはまったくなくて、独自の美意識に基づいたロマンティシズムあふれる作品を数多く発表しています。

吉松は、今から十年前、いやもうちょっと前かな?、にものすごい人気があったんです。ちょうどその頃が、私が一番クラシック音楽に興味を持っていた頃で、当然吉松の活躍は放っておいても耳に入ってくるような感じでした。けれど作品の録音はまだそれほどなくって、だから図書館で何度も同じアルバムを借りて聴いていたことを思い出します。そして、おそらく一番好きで、一番たくさん聴いたのは、『朱鷺によせる哀歌』を収録するアルバム『鳥たちの時代』でありました。

吉松の音楽のよいところというのは、ポップでポピュラーな要素も押さえつつ、決してそれだけに留まらないところでしょう。美しさを追求しながらも、ロマンティシズムに耽溺するばかりでなく、構造の面白さについても忘れてはいない。こうした多面性がうけたところなのだと思います。そして多分、あの時代にすごくマッチしていた。音楽だけでなく、本もでました。新聞にコラムも持っていたんじゃないかな。多方面に活躍する彼を見るに、まさに時代の寵児といった風情だったのでした。

吉松は、鳥にまつわる曲をたくさん書いています。デジタルバード、ランダムバード、ファジーバード、サイバーバードといった仮想の鳥から、チカプ(アイヌ語で鳥)、鳥の形をした4つの小品、鳥たちの時代、そして朱鷺 —。

『朱鷺によせる哀歌』は、ピアノを中心に据え、弦楽器を両翼に配することで、オーケストラを鳥の姿に見立てるという、視覚的な部分にまでロマンティシズムが入り込んだ作品です。その音楽もまたロマンティシズムにあふれていて、非常に美しい。歌への思いが強く感じられる曲です。

吉松の音楽はメロディが非常に美しく、それは出世作であるこの曲にも充分感じられ、現代のクラシック音楽に慣れていないという人も、きっと親しみを感じ、よさ、美しさを知ることができるかと思います。思えば、あの時代、高度複雑化の進んだクラシック音楽の世界に、揺り戻しのように現れたロマンティシズムでした。

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