2005年6月3日金曜日

Prelude and Sonata

 『ラプソディ・イン・ブルー』がクラシックの世界にジャズのエッセンスを持ち込んだようなものであるとすれば、マッコイ・タイナーの『プレリュードとソナタ』はまったくその逆。クラシックの曲をジャズの語法で演奏していて、そのモチーフとなったのはショパンの『前奏曲』とベートーヴェンの『ソナタ』。どちらもれっきとしたクラシックの名曲で、まさにスタンダード中のスタンダードといえます。けれど、スタンダードナンバーを取り上げて、自分の色で演奏するというのはジャズのジャズ足る所以ではないですか。しかして、ショパンもベートーヴェンも、クラシックではちょっとないような新味が加わって、馴染みの曲がまったく思い掛けない装い。私にはショパンがすごく魅力的です。

しかし、魅力的なのはクラシック曲だけではないですぞ。このアルバムには、『ひまわり』だとか『シェルブールの雨傘』だとか、それからチャップリンの名作『モダンタイムス』の主題曲であった『スマイル』など、耳になじんだ映画音楽も収録されていて、それらもとてもよいんですから。特に私は『スマイル』がお気に入りで、本当ならちょっぴりメロウに感傷的に演奏されるこの曲が、シャッフルのリズムで小気味よくやられるもんだから、もともとの曲調とのコントラストが際立っていて素晴らしい。コントラストをいうなら、表題曲であるショパン『前奏曲』やベートーヴェンにしても同様で、本当なら双方しっとりとした静かな曲であるのに、がらりと印象を変えて楽しくも沸き立つ名演奏に仕上がっています。

とまあ、こんなふうに書いたら、元気がいいのが取り柄みたいに読めちゃうかも知れませんが、もちろんそんなことはなくて、『ソウル・アイズ』や『グッド・モーニング・ハートエイク』のように、スロウな中に陰りが映える曲もあって、こういった表現の幅の広さは、そりゃもうマッコイ・タイナーですから。キャリアも長い人ですし、いろいろな表現のための言葉を知っている人だと、明るい曲も沈んだ曲も、どれを聴いてもそれぞれのよさというのがでているのだからさすがであるなあと思います。

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