2005年9月8日木曜日

Maurice Ravel's La Valse played by Glenn Gould

 モーリス・ラヴェルの有名曲といえば、第一に『ボレロ』が思い浮かぶのではないかと思われますが、『ラ・ヴァルス』も『ボレロ』に負けず劣らず有名で、そして非常に美しい曲であります。この曲、もともとはバレエのための音楽として作られたのだそうですが、依頼主(かの有名なロシア・バレエ団のディアギレフ)がどうも気に入らなかったようで、結局は演奏会用のオーケストラ作品として定着しました。ラ・ヴァルス、 — ワルツと題されたことからもわかるように、この曲は三拍子の絢爛豪華たるワルツであるのですが、ですがヨハン・シュトラウスのウィンナ・ワルツのような軽快さ、沸き立つような興奮はなく、むしろゆったりとして、情緒のたゆたうような幅広の作品に仕上がっています。

『ラ・ヴァルス』、もとはオーケストラの作品でした。ですがこれを我らがグレン・グールドが演奏しています。自らピアノに編曲しての演奏が、録音に残されています。

グールドの弾くラヴェル — 、はじめに断っておきますが、決しておかしな演奏ではありません。グールドらしいエッジの立った演奏は、確かにオリジナルとは違った雰囲気を醸しだしていて、清廉で潔癖、ですが、気位の高ささえ感じられるような高雅さは確かに『ラ・ヴァルス』です。しかし、やっぱりそこはグールドで、グールドのピアノから放たれる『ラ・ヴァルス』には、思わず駆け出したくなるような情動がたわめられたかのように充満していて、私は心から揺すぶられて、こうしてはいられないという思いに後押しされるかのように活気づかされます。

もし、手もとにオーケストラ版があればあわせて聴いてみて欲しいのですが、色彩も豊かで非常にきらびやかと感じられるオーケストラの前では、グールドの演奏もさすがに色を失って、まるでモノクロームの映像を見るようにさえ感じられてしまいます。この印象は、おそらく録音の質も関係していて、モノラルのもっさりとくすんだような感触がもどかしい。けれど、そうした悪条件をものともせずに疾走し前進していくこの力はなんでしょう。音楽の、前へ前へと向かう力強さが確かだから、その勢いに駆られて、聴いている私もつい釣り込まれて前のめりになって、 — 目の前にはグールドの音楽一色になってしまうのです。

グールドの『ラ・ヴァルス』は、彼の残した演奏のなかでも屈指の名演で、私はこの演奏が本当に好きで、これをポータブルのプレーヤーに詰めて、都市の雑踏の真っ直中で聴けば、言葉にし尽くせない感覚に襲われます。まるで都会が舞踏会のように、 — だなんていうと妙に気恥ずかしくて馬鹿馬鹿しくなるので、この例えは取り消しましょう。

けれど、日常を上から塗りつぶしてしまうような魔法が感じられる、そういう演奏だというのは本当ですから、ぜひ一度試してみてください。

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