2006年1月8日日曜日

犬を飼う

 戌年の犬特集をするにあたり『犬を飼う』は常に念頭にあった本なのですが、なぜか私が扱っちゃいけないような気がして、今の今まで先送りにしてしまいました。先送りというのも変ですね、同ジャンルが並ばないようにという配慮もあったし。でも、やっぱり私には簡単に書いちゃいけないような気がして、いや、他の漫画や音楽やなんかは簡単だといっているんじゃなくて、なんといったらいいんでしょう。なんか、私のキャラクターにはそぐわないんじゃないかという、そんな感じがするんです。

でも、この漫画を嫌いということは決してないのです。この漫画は、一匹の犬をとおして人の暮らしや町の移ろいを描いて、その果てに生きるということはどういうことなのかも描いて、筆致はあんなに静かなのに深く響いて、私は二の句を継げなくなってしまいます。

『犬を飼う』は「犬を飼う」だけでは終わらずに「そして…猫を飼う」、「庭のながめ」、「三人の日々」と続いて、それぞれは独立した短編で、それぞれに違ったテーマと結尾を持っているのですが、しかしこれらのシリーズを通して表現されるテーマもあるようで、それはやはり生きるということなのかなと思います。生きるということは人間を含んだ生物が生命活動をおこなうということでありますが、人間にとっては決してそれだけではなく、生きている間に関わる人やもの、こと、場所、すなわち暮らしそのものであると思うんです。

その暮らしを、透徹した目で持ってみれば、こうした表現になるのかと思います。よいことはよいように、けれど決してきれい事や上っ面だけじゃなく、煩わしいことや、本当なら恰好つけてなかったことにしてしまいたいような感情も描いて、それは本当に淡々と、声を荒げることもなく、ドラマを盛り上げようと細工をするようでもなく、けれどその淡々とした様が逆に大きな説得力を持って、私の胸に迫ったのですね。だから、私はそれを受け止めるのにうっとなって、その重さを下ろすに下ろせず、今も、そして多分これからもずっと抱えて、けどその重さはこの漫画の重さではなく、この漫画を介してあずけられた人生を描出する目によってようやく見つめられた、自分自身の人生の重さであろうと思います。

私は、自分の人生を一枚の紙っぺらよりも、空気よりも軽いものとして感じたいと思っていて、けれどそれは目をそらしているだけに過ぎない。私の人生にも、暮らしがあり、暮らしは決して軽々しいものではないんだろうなあ。私の自分自身を見つめる目の甘さは、この漫画と対照されることで際立って、本当、駄目だと思います。

  • 谷口ジロー『犬を飼う』(小学館文庫) 東京:小学館,2001年。
  • 谷口ジロー『犬を飼う』(Big comics special) 東京:小学館,1992年。

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