2006年1月25日水曜日

ぼくのマリー

    昨日、『ぼくのマリー』でもって書いたのが呼び水となって、なんだか無性に読みたくなってしまったんですね。なので、結局発掘作業をおこなってしまいました。その結果、事実誤認がいくつかあったとわかったので、訂正をかねて異例の更新です。

事実誤認のその一は、封印したから状態がよいという発言。『ぼくのマリー』は書架に並んでいました。ただ、奥の列に押し込められていたので見えなかったんですね。で、思ったよりヤケていて、だいぶ読み込んだのでしょう、一巻二巻あたりは結構傷みがありました。事実誤認その二。昨日一貫してマリーと呼び続けていたその呼び方が大間違い。マリでした。伸ばさない。マリです。その三。おたく少年の都合のよい夢をかたちにしたような漫画という表現。これは違います。最初は確かにそうだったかも知れませんが、雁狩ひろしはいずれ自分の中だけに広がる理想の世界を厳しい現実に突き合わせることで、現実を見つめ直し、肯定し、前に向かって進みはじめます。自分の思いと現実と、そのともすれば相反するものをすり合わせて確かめながら、登場人物は皆成長していったのです。素晴らしい漫画でした。私は、思っていた以上に密度の濃かったことも再確認し、今までの事実誤認をわびたい。そして、最後のひとつ。機械仕掛けの神による終止。これは確かにおこなわれたこと自体はそうだったのかも知れませんが、けれど本来のテーマを打ち消すようなことはなく。そうですね、ずうっと頑張り続けてきたマリへのご褒美、ボーナスと考えたほうが粋だと思う。そんなラストでありました。

そして、私が『ぼくのマリー』を直視できなくなったその理由もわかったような気がします。雁狩が真理さんとの出会いを追想し、そして真理さんへと向けられるモノローグ。そこに現れた言葉、真理さん — 僕はあなたのおかげで人間になれた — あなたのおかげで僕は「現実」の形にさわる事ができた。「僕自身」というもののリアリティを確認できた — 。

実は、私自身にもこれと同じような出来事があったんですね。

大学の、三回生から四回生にかけての一年半ほど。笛の授業だったかな、で知りあった私と同姓の女性。私はその人を大学の姉と慕っていたのでした。ちょっと変わり者で、他の誰とも違う雰囲気を持っているその人は、物静かで、ちょっとスローで、けれど明るい視点を持った独特の人で、私はその人に助けられたと今でも思っています。

でも、恋愛とか、そういう話には発展しなかったんですね。その人にはつきあっている男性があって、その人もすごくいい人で、私は大学の姉にいろいろなことやところにつきあわせられて、デパートとか梅田ロフトとか。梅田阪急の最上階のパーラーやら阪神地下のワイン立ち飲みやら。同じ授業をとったりして、いつだって一緒にいて、私は本当にその人を慕っていた。けれど、私の中には尊敬はあれど恋愛はないと思っていたんですね。

教育実習にいったのは四回生の夏前でしたか。私にとっては二度目の教育実習で、本当にやる気がなくて、必要充分をやけになってやっつけたようなものですから、まわりから見ればなんだか余裕があったように見えたのだそうです。大変な二週間、みんなもう戦友みたいな感じで、で、最後の日に学校近くの店で打ち上げをしました。そこで、どういう話の巡りだったのか、大学の姉の話になって、そこで私は話しながら突然涙を流してしまって、泣いたとかではないんです。ただ、涙が流れた。

やっぱり私は、大学の姉を姉ということにして防波堤にして、けれど本当は好きだったんだろうなと思います。

紛れもない恋だったんでしょう。雁狩の場合は自分の中に息づく恋に気付いていた。私は、そうした気持ちをさえも押し殺してしまっていた。自分自身にさえ気付かせなかった。けれど、多分傷ついていたのでしょう。昨夜中をかけて『ぼくのマリー』を読み直して、すっかり忘れてしまっていたと思っていた大学の姉のことを思い出し、そしてかつて同じことを思ったことも思い出しました。時間がすぎた分、今の方がずっと冷静に振り返ることができる。大学卒業後、結婚して東京へといってしまった音信不通の大学の姉。私は、そのことに傷ついていたのだと思います。そして、最初から手が届かないとあきらめていたことにも傷ついていたのだと思います。

若いということは恥ずかしいことだと思います。いや、今だって恥ずかしいことばかりなんですが、けれど若い頃の話は格別で、私はこの恥ずかしさに耐ええないから、昔のことを思い出させる『ぼくのマリー』を遠ざけてしまった。おそらく、こうした心の動きがあったものと思われます。

私は大学の姉のおかげで、少しは人間らしくなれたと思っています。狭い自分の世界が広がったことを感じます。その後お会いはしていませんが、おかわりはありませんでしょうか。お元気でいらっしゃいますでしょうか。私はあの後、また非人間的真空地帯に戻ってしまいましたが、あの時のことは今でも感謝しています。

  • 竹内桜『ぼくのマリー』第1巻 (ヤングジャンプ・コミックス・スペシャル) 東京:集英社,1994年。
  • 竹内桜『ぼくのマリー』第2巻 (ヤングジャンプ・コミックス・スペシャル) 東京:集英社,1994年。
  • 竹内桜『ぼくのマリー』第3巻 (ヤングジャンプ・コミックス・スペシャル) 東京:集英社,1995年。
  • 竹内桜『ぼくのマリー』第4巻 (ヤングジャンプ・コミックス・スペシャル) 東京:集英社,1995年。
  • 竹内桜『ぼくのマリー』第5巻 (ヤングジャンプ・コミックス・スペシャル) 東京:集英社,1995年。
  • 竹内桜『ぼくのマリー』第6巻 (ヤングジャンプ・コミックス・スペシャル) 東京:集英社,1995年。
  • 竹内桜『ぼくのマリー』第7巻 (ヤングジャンプ・コミックス・スペシャル) 東京:集英社,1996年。
  • 竹内桜『ぼくのマリー』第8巻 (ヤングジャンプ・コミックス・スペシャル) 東京:集英社,1996年。
  • 竹内桜『ぼくのマリー』第9巻 (ヤングジャンプ・コミックス・スペシャル) 東京:集英社,1996年。
  • 竹内桜『ぼくのマリー』第10巻 (ヤングジャンプ・コミックス・スペシャル) 東京:集英社,1997年。

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