2007年1月15日月曜日

鬼切丸

  一体どこで読んだものやら、その記憶は不自然なほどに希薄であるのに、物語に触れてみれば確かに読んだとわかる『鬼切丸』。それくらいに印象は鮮やかに、焼き付くみたいにして残ってるのに、しかしなんでどこで読んだのか思い出せないのか、そのことが逆に腑に落ちません。今日、心待ちにしていた『鬼切丸』の文庫第3巻が出ていたものだから喜んで買って読んで、そして、やっぱり知っているのです。文庫3巻は「鬼髪の章」からはじまります。この話、確かアニメになっていたんではなかったかな。いや、けれど「鬼髪の章」なんてビデオは出ていないわけで、だからやっぱり私の記憶は混濁しているというのです。

読み進めてはっきりしたのは、第3巻に収録されている話はすべて読んだことがあるということです。つまり少年サンデーコミックスでいうところの8巻までは読んでいて、けれどさすがに9巻は読んでいないはず。「鬼結城誕生史の章」ではじまる第9巻、そうした話を読んだという覚えはないのですから、つまり私はどこで借りたか、読ませてもらったものか、少なくともここまでは読み進めているのです。第8巻の出版は1996年だから今から十年ほど前のことです。私が院に入ったのは1997年だったから、だいたいそれくらいの時期に読んでいたのか。バイト先? いや、バイト先に『鬼切丸』は置いてなかったと思う。じゃあ、一体誰に借りて読んだんだろう、そもそも借りたのだろうか、立ち読みではないと思うんだけれども。本当に、これだけはっきりと話の内容を覚えていて、しかしどこで読んだか思い出せないというのは私には珍しくて、本当に一体どうしてしまったのだろうと不思議になります。

文庫第3巻の大半は鬼結城にまつわるエピソードで占められています。私、この話、読んでてすごくつらかったんですよ。それこそ、なんの落ち度もない、ただその時その場にいた、居合わせたというだけの不運でもって、このうえない不幸な目に合わされる女子供が痛ましくてならなくて、けれどおそらくはこの理不尽さが鬼の鬼たる所以なのだろうなと思うのです。人を選ばず、時も場所も選ばず、ただそこに居合わせたという不運でもって命を落とすということは、現実にも間々あることです。それは事故であり、事件であり、災害であって、そうしたことに巻き込まれたものにとってはただ居合わせた不幸というほかない。病もそうでしょう、ほんのちょっとした巡り合わせがその人の人生に無視できない影を落とす。取り返しのつかない傷をつけてしまう。古来人はこうしたことを間が悪いと称して、努めて避けようとしてきました。こうした不運不幸に与えられた姿、人格が鬼であるというのなら、楠桂が描く鬼の物語が理不尽なのも致し方のないことなのだろうと、むしろそうでなければ鬼を描く意味はないのだろうと、そんなようにも思います。

『鬼切丸』を読んで、それがあまりに残酷であると心を乱しながら、それでも読んでしまうのは、そこに起こる理不尽を目の当たりにし、人の心に差す魔にうろたえながらも、とにかく一人でも助かって欲しいという救いや希望を見たいという思いのあるためなのではないかという気がします。鬼というかたちをとって描かれるそれは、私たちの心の奥で怖れているこの世の理不尽に反響反照する、寓意としての意味を持つのかも知れません。だとすれば、楠桂の鬼もまた古くより人が伝えてきた鬼の寓意に連なるものであるのでしょう。

  • 楠桂『鬼切丸』第1巻 (小学館文庫) 東京:小学館,2006年。
  • 楠桂『鬼切丸』第2巻 (小学館文庫) 東京:小学館,2006年。
  • 楠桂『鬼切丸』第3巻 (小学館文庫) 東京:小学館,2007年。
  • 楠桂『鬼切丸』第4巻 (小学館文庫) 東京:小学館,2007年。
  • 楠桂『鬼切丸』第5巻 (小学館文庫) 東京:小学館,2007年。
  • 楠桂『鬼切丸』第6巻 (小学館文庫) 東京:小学館,2007年。
  • 楠桂『鬼切丸』第7巻 (小学館文庫) 東京:小学館,2007年。
  • 楠桂『鬼切丸』第8巻 (小学館文庫) 東京:小学館,2007年。
  • 楠桂『鬼切丸』第1巻 (少年サンデーコミックス) 東京:小学館,1992年。
  • 楠桂『鬼切丸』第2巻 (少年サンデーコミックス) 東京:小学館,1993年。
  • 楠桂『鬼切丸』第3巻 (少年サンデーコミックス) 東京:小学館,1993年。
  • 楠桂『鬼切丸』第4巻 (少年サンデーコミックス) 東京:小学館,1994年。
  • 楠桂『鬼切丸』第5巻 (少年サンデーコミックス) 東京:小学館,1995年。
  • 楠桂『鬼切丸』第6巻 (少年サンデーコミックス) 東京:小学館,1995年。
  • 楠桂『鬼切丸』第7巻 (少年サンデーコミックス) 東京:小学館,1996年。
  • 楠桂『鬼切丸』第8巻 (少年サンデーコミックス) 東京:小学館,1996年。
  • 楠桂『鬼切丸』第9巻 (少年サンデーコミックス) 東京:小学館,1996年。
  • 楠桂『鬼切丸』第10巻 (少年サンデーコミックス) 東京:小学館,1996年。
  • 楠桂『鬼切丸』第11巻 (少年サンデーコミックス) 東京:小学館,1997年。
  • 楠桂『鬼切丸』第12巻 (少年サンデーコミックス) 東京:小学館,1997年。
  • 楠桂『鬼切丸』第13巻 (少年サンデーコミックス) 東京:小学館,1997年。
  • 楠桂『鬼切丸』第14巻 (少年サンデーコミックス) 東京:小学館,1998年。
  • 楠桂『鬼切丸』第15巻 (少年サンデーコミックス) 東京:小学館,1998年。
  • 楠桂『鬼切丸』第16巻 (少年サンデーコミックス) 東京:小学館,1999年。
  • 楠桂『鬼切丸』第17巻 (少年サンデーコミックス) 東京:小学館,1999年。
  • 楠桂『鬼切丸』第18巻 (少年サンデーコミックス) 東京:小学館,2000年。
  • 楠桂『鬼切丸』第19巻 (少年サンデーコミックス) 東京:小学館,2000年。
  • 楠桂『鬼切丸』第20巻 (少年サンデーコミックス) 東京:小学館,2001年。

DVD

VHS

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