2007年6月15日金曜日

鬼切丸

  文庫になったのをきっかけとして買いはじめた『鬼切丸』。本日、最終巻となる第8巻を買いました。人の心の闇からたやすく生まれて人に災いをなす鬼と、その鬼を追い、討つ純血の鬼の物語。とうとう終わってしまいました。毎回毎回これでもかと人死にが出るような漫画です。不幸や悲しさ、理不尽が、凄惨ながらも美しい筆致によって描かれて、正直そのむごさというか容赦のなさに読み疲れたこともありました。人間の欲望や憎しみにしてもそれほどバリエーションあるわけでなく、当初ほどの鮮烈さも薄れてきて、面白く上質だけれども、最高ではないと思うこともあって、けれどこうして物語が閉じられてしまうと、それも思いのほかにきっぱりと終わってしまうと、なんかほっとするというよりも、がっくりとくるような、この半年ばかり、毎月の楽しみになっていたこの物語に、もう出会えることはないんだなと思う寂しさが色濃いですね。そうなんですね。私も結局は人の身で、突かれれば血も出る、ちょっとしたことに寂しさを思うこともあるのです。たとえそれが漫画の中の、実際には存在しない人のことであっても、かわらず寂しさを思うこともあるのです。

 『鬼切丸』は平成元年から13年まで続いて、その間に楠桂の描く絵の雰囲気もずいぶんと変わって、文庫第1巻を読みはじめた頃にはそれほどにも思わなかったんですが、第8巻を読み終えた今、再び第1巻を見返してみると、驚くほどに違っています。基本的なところは変わらない、見るものをはっと釘付けにするような華やかさや鬼という非現実を説得力を持って表現するうまさは第1巻の時点ですでに充分すぎるといっていいほどにできあがっていて、だとしたら違うところはなんなのだろう。それはおそらくは洗練でないかと思うのですが、十余年をもって楠桂はずいぶんとスタイリッシュになり、持ち前の華やかさをより一層に強化して、けれどその反面、絵の端々に現れていた生々しさは薄れたように思います。

さっきいっていた、巻を重ねるごとに鮮烈さが薄れてきたというのは、もしかしたらちょっと違いますね。鮮烈の度合いは、後の方が優ってると思う。話にしても、マンネリになりがちなところを工夫して、読むものの予測を裏切りながら意外性を持たせたり、また真っ正面から人の悲しさを取り上げてみたり、バリエーションに関しても深みにしても後期が前期に劣っているとは思われません。でも、もしそこに物足りなさを感じるのだとしたら、おどろおどろしく肌に感じられる気持ちの悪さや恐ろしさ、当初の表現が持っていた生々しさの薄れたためではないかと思います。あるいは、鬼切丸を持った少年が、あんまりに人に馴れすぎてしまったからか。逆に、人があまりにあの少年に慣れすぎてしまったからか。けれど、それでも私は、端っからどこか寂しげで悲しげだったあの少年に、誰かとの繋がりがあってくれればいいと思っていたから、そうした馴れ合いも含めて、嫌だとは思っていませんでした。

最終話は、鬼切の少年に関わってきた人たち、主要どころが勢ぞろいした、いわば仕組まれた舞台で、その仕組まれ方、豪華オールスターキャストといいたげな趣向にはちょっと嫌だなとも思ったんだけれども、それでも読んで、あのラストを見て、いや、ラストじゃないですね。ラストに向かう最後の転換点に見えた、少年鬼の無垢な思いの丈に胸が一杯になって、だってさ、これまでずっとなにかとシニカルに、時に思い詰めたようにやってきた彼があんな表情を見せるだなんて思わなくて、胸に迫るものがありますよ。出来過ぎのラストだったかも知れないけれど、さすがは楠桂というべきか、ご都合主義にはさせないきれいな線の引きかたに、私はいや一層に彼そして人の持っている業や悲しさを感じたのだと思います。

『鬼切丸』、いい話でした。また折りに触れて読むだろう、そんな漫画だと思います。

  • 楠桂『鬼切丸』第1巻 (小学館文庫) 東京:小学館,2006年。
  • 楠桂『鬼切丸』第2巻 (小学館文庫) 東京:小学館,2006年。
  • 楠桂『鬼切丸』第3巻 (小学館文庫) 東京:小学館,2007年。
  • 楠桂『鬼切丸』第4巻 (小学館文庫) 東京:小学館,2007年。
  • 楠桂『鬼切丸』第5巻 (小学館文庫) 東京:小学館,2007年。
  • 楠桂『鬼切丸』第6巻 (小学館文庫) 東京:小学館,2007年。
  • 楠桂『鬼切丸』第7巻 (小学館文庫) 東京:小学館,2007年。
  • 楠桂『鬼切丸』第8巻 (小学館文庫) 東京:小学館,2007年。
  • 楠桂『鬼切丸』第1巻 (少年サンデーコミックス) 東京:小学館,1992年。
  • 楠桂『鬼切丸』第2巻 (少年サンデーコミックス) 東京:小学館,1993年。
  • 楠桂『鬼切丸』第3巻 (少年サンデーコミックス) 東京:小学館,1993年。
  • 楠桂『鬼切丸』第4巻 (少年サンデーコミックス) 東京:小学館,1994年。
  • 楠桂『鬼切丸』第5巻 (少年サンデーコミックス) 東京:小学館,1995年。
  • 楠桂『鬼切丸』第6巻 (少年サンデーコミックス) 東京:小学館,1995年。
  • 楠桂『鬼切丸』第7巻 (少年サンデーコミックス) 東京:小学館,1996年。
  • 楠桂『鬼切丸』第8巻 (少年サンデーコミックス) 東京:小学館,1996年。
  • 楠桂『鬼切丸』第9巻 (少年サンデーコミックス) 東京:小学館,1996年。
  • 楠桂『鬼切丸』第10巻 (少年サンデーコミックス) 東京:小学館,1996年。
  • 楠桂『鬼切丸』第11巻 (少年サンデーコミックス) 東京:小学館,1997年。
  • 楠桂『鬼切丸』第12巻 (少年サンデーコミックス) 東京:小学館,1997年。
  • 楠桂『鬼切丸』第13巻 (少年サンデーコミックス) 東京:小学館,1997年。
  • 楠桂『鬼切丸』第14巻 (少年サンデーコミックス) 東京:小学館,1998年。
  • 楠桂『鬼切丸』第15巻 (少年サンデーコミックス) 東京:小学館,1998年。
  • 楠桂『鬼切丸』第16巻 (少年サンデーコミックス) 東京:小学館,1999年。
  • 楠桂『鬼切丸』第17巻 (少年サンデーコミックス) 東京:小学館,1999年。
  • 楠桂『鬼切丸』第18巻 (少年サンデーコミックス) 東京:小学館,2000年。
  • 楠桂『鬼切丸』第19巻 (少年サンデーコミックス) 東京:小学館,2000年。
  • 楠桂『鬼切丸』第20巻 (少年サンデーコミックス) 東京:小学館,2001年。

DVD

VHS

0 件のコメント: