2007年7月2日月曜日

大奥

  面白いらしいとは聞いていました。よしながふみの『大奥』。書店の平積みに見かけ、表紙に見える美しい男の姿にぐっと心引かれながら、けれどその時にはどんな漫画かも知らず、また当時ドラマかなんかで大奥がらみが流行っていたかなんかがあったから、そのせいで見過ごしにしてしまいました。このへん、私のあまのじゃくといわれる所以、はやりものには背を向ける癖があるのです。けれど、いつまでも背を向け続けるのも難しいものがあって、というのはこの『大奥』という漫画、いたるところで人気のようで、文化庁のなんか賞をとったとか? その時に私ははじめて知ったのです。この『大奥』というのは、私たちが一般に知っている大奥とは違うのだと。将軍が女、故に男ばかりが集められたのが大奥 — 。なんと奇を衒った……。とはいえそれが賞をとるのだ。なら、その内容はいかなるものなのか、興味を持たずにはおられなかった。そう、そうして私は遅ればせながら『大奥』を読むこととなったのです。

設定を聞いて驚いて、しかし読んでみればなおのこと驚いて、なにこれは単に男女逆転をやりたかっただけの話ではないね。それこそ、男だらけのハーレムを描こうというものなら前々から決して少なくなくて、けれどそれはその逆ハーレムという設定の奇矯さにとらわれてしまっているとでもいったらいいか、そこに立ち止まるものがほとんどでしょう。けれど、『大奥』においてはその先に進んでいる。なぜ大奥が男により構成されることとなったか、ただ単に将軍が女であったからではない、その背景を描こうとして、そしてその異常状況に点在する理不尽。理不尽、それは自然がもたらす驚異であり、また人の意がからむやり切れぬものであり、そこに翻弄される心があれば、揺れちぎれんばかりにもだえているという悲しさ。やあ、これは深いわ。もともとは男女逆転という単純な発想に始まったのかも知れませんが、その裏にある危機感、混乱が実に肌に生々しく、人の弱さが人に害を為すという空しさ、切なさもほとほと憐れ、胸にひしひしと迫るようです。

私の思い違いの二つ目は、これが将軍一代限りのものと考えていたら、そうではない、徳川三代家光より綿々と続くシステムであったというその広がりでした。第1巻は八代吉宗の時代に始まって、しきたり決まりにがんじがらめの江戸城内において、ことごとくその悪弊を切って捨てようとする吉宗がたどり着いた事実、そして第2巻においては時代を遡り家光の世に起こった事々を描くのですが、しかし、吉宗の時分にはもう慣例となっていたもろもろが、家光の頃にはそうせざるを得ない事情があったと語られる、これはすごく緻密な仕事でありますよ。なんということもなしに読んでいた1巻が、2巻を知った後においてはそこかしこに伏線が用意されていたとわかる。それら因縁は過去へ、異常状況の発したそのときに持ち越されるのですが、その家光を巡る物語のまあ切なく悲しく憐れなこと。理不尽に弄ばれる心の傷つく様、弱く、いじらしく、か細い心の輪郭がつぶさにしかし淡々と描出されて、そしてその心を受けようというものもまた理不尽に取り巻かれ傷ついたものであるという、そこが悲しい。しかしこの嵐に似た悲しみにほのかな灯が点されるような2巻のラストは圧巻で、踏みにじられた心の惨めであったその分だけ、胸に深く感動の沸き起こるのだと思います。

とはいえ、この物語はまだ始まったばかり。第3巻においてはより一層に大きな波立ち、渦巻くドラマが繰り広げられることと思います。

  • よしながふみ『大奥』第1巻 (JETS COMICS) 東京:白泉社,2005年。
  • よしながふみ『大奥』第2巻 (JETS COMICS) 東京:白泉社,2006年。
  • 以下続刊

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