2008年4月20日日曜日

身想心裡 — 陽気婢作品集

 多重人格もので続けます。とはいっても今回はずいぶん色味が違い、多重人格に翻弄される話でなく、もうひとつの人格を作ることで自己を守ろうとした少女の話ですね。と、こうして書くと、取り上げ方が非常に教科書的というか、多重人格障碍 — 解離性同一性障碍の生じるとされる要因に対し非常に素直であることが諒解されるのではないかと思います。こうした点、説明される理由に対し素直であるところなどは、どうも陽気婢という人のらしさを感じてしまうのですが、筋立てに対し説明できるところは説明したい性分であるというか、あるいは逆に、描き出す前にクリアにできる範囲は全部押さえておきたい性分というか、そういうのが感じられるように思うのです。だから読後に不安な気分やもやもやとした不可解は残りにくく、そういうところは昨日取り上げた華倫変とは対極にあるような作風であろうかと思います。

短編集『身想心裡』に収録された「MY TURN」、これは最初にもいいましたとおり多重人格ものです。ですが、多重人格はテーマではなく、もっと別のものを描くための仕掛けであり、じゃあテーマはなにかというとボーイ・ミーツ・ガール? いや、さすがにそれはいいすぎかと思いますが、事件に巻き込まれてしまった多重人格ヒロイン、彼女に事件の先触れを知らせたのが多重人格という仕掛けであり、そして事件の鍵をつかんでいながらもそれを記憶に残していないヒロインという構図がために、物語はサスペンスとしての色合いを帯びるのですね。だから、多重人格は仕掛け、ギミックであり、読者はヒロインが事件の渦中に引き込まれていく様をはらはらとしながら眺め、そして謎の少年の存在に希望を見出すのです。

事件の発端から解決までは比較的シンプルにすっきりと進むので、物語に波乱や劇的な緊張を求めるような人には少し拍子抜けと感じるのではないかと思いますが、けれど陽気婢の漫画というのは、そうしたところよりも、登場人物の心情を読もうというのがいいのではないかと思います。「MY TURN」においてもそれは同様で、このタイトル、私の番というテーマが本編にきっちり盛り込んであってすごくしっくりとしています。テーマが描かれる過程、提示と展開の丁寧さがよいのでしょう。加えて、少々センチメンタル寄りでナイーブな表現に感じ取られる、少年少女のアンバランスな危うさ。そうしたテーマや作風、画風も含めてのもろもろがそろうことで、独特の肌触りを残すのが陽気婢の漫画であるというのなら、これもまた非常に陽気婢らしい漫画であると思います。

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