2008年5月24日土曜日

西部戦線異状なし

 塹壕戦には興味があります、だったらこの映画を見るべきでしょう、なんてことを先日書いていましたが、買ってきました。駅前のレコード店のワゴンにて売られていたものを、適当に買ってきたのですが、パッケージを見ればどうもGPミュージアムソフトの版であるみたいでして、価格は五百円。対してAmazonでは2,100円。この価格差はなんだろう。けど、気にしません。そのへんのもろもろはどうでもいいです。人によっては字幕であるとか、吹き替えの声優であるとか、画質、編集、特典などなど、こだわりをみせるところなのでしょうけど、そして私にもそうした嫌いはないではないのですが、しかし『西部戦線異状なし』に関してはそうしたことは気になりませんでした。それよりも、描かれている内容に対する興味が強く、そして見終えて、これは名作といわれるだけはあるねえと、がっかりしながら思ったのでした。

がっかりしながらっていうのは、つまらないとか期待外れだとかいいたいんじゃなくて、その逆です。第一次大戦を戦うドイツの前線を駆け抜けていった若者たち(おっさんもいたけど)の姿が、あまりにも鮮烈で、儚くて、やりきれない悲しさが胸いっぱいに押し込まれたみたいになってしまったんですね。いや、わかってたんですけどさ。そもそも私がこの映画を見ようと思ったのは、第一次大戦の塹壕戦をよく描いている映画だと聞いていたからですし、そういわれるからには、そこには悲惨悲哀があふれているに違いあるまいと予想がつこうというものです。

そして、実際に悲惨悲哀はあふれていて、しかしそれ以上のものがありました。悲惨悲哀のあるということに対し、まったく目を向けようとしない者たちの姿があったということがあまりにも切なく、主人公ポールに対し真の意味で共感を寄せたものは、家の女達だけではなかったか。この映画を見て、ああ、母というのはありがたいものだとは思ったけれど、それ以上に母から子を奪ってしまう戦争のむごさを思ったものだし、戦地においては塹壕にて消耗し、戦闘にて損耗し、野戦病院においても過酷を味わうという、その非人間性に恐れを抱いたものでした。

実際の殺し合いの現場としての戦場を意識しないでおれば、古い戦争にどことなくのどかで朴訥とした様子を思い起こすこともあるようですが、実際にこうして映画として見せられると、なにいってやがるって話です。砲撃を繰り返した後に突撃、機銃弾浴びせられながら運よく敵陣にまでたどり着ければ、そこでは銃剣サーベルスコップなんでもありの乱戦となって、ああ、もう、むごい。ああした極限の現場に身を置いて、どうして人間性を保ってなどいられようか。実際、戦地で異常な事件が起こったりするというのもわかります。正気の沙汰ではないだなんて思うのは、我々が戦場を知らないからで、そもそも前線で正気を保ち続けるなんてことは可能なのだろうかな。映画を見てさえそう思うのなら、現実の戦場はより以上に過酷でしょう。

塹壕戦については、ちょこちょこ読んだりしているんですが、不衛生な塹壕にこもっての戦いは、戦闘もおそろしいけれど、病気も負けず劣らず怖かったといいます。栄養失調やストレスによる変調に、病原菌や害虫に悩まされる劣悪な環境。この映画でもそのへんは触れられていますけれど、小説だとより詳細に書かれていたりするのでしょうか。なので、いずれ小説も読んでみたいと思います。映画とはまた違ったつらさ、悲しさがあるんだろうなあ。でも、是非読みたいと思います。

CD

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