2008年6月1日日曜日

すてきなムコさま

   眼鏡ヒロイン特集の四日目。ん? いや、ヒロインじゃないや。『すてきなムコさま』、魅惑の眼鏡は、皆に愛されるムコさま、ツヨシさんです。上村家の婿養子。気が利くムコさま、家事に仕事に精を出すムコさま。表立っての活躍よりも、誰にも気付かれずそっと手助けしておいてくれるような、そんな靴屋の小人的活躍が光るナイスな青年、それがツヨシさんです。そのこまやかさは、誰もが一目置くほどの徹底ぶりで、なにか困ったことがあったら彼に聞くといい。きっと助けてくれるに違いない。いや、聞くまでもなく助けられているのです。知らないうちに、気付かないうちに、彼の気配り、心配りがより快適で暮らしやすい空間を作り上げている。その恩恵は、彼を失ったときに気付かれることでありましょう。

連載のはじまった当初は、ツヨシもそんなにできる男ではなく、妻であるさやかさんとはしょっちゅうぶつかってたし、お義父さんも結構彼を邪険に扱っていたものでした。さやかさんのご機嫌を損ねては、投げられたりプロレス技かけられたりと、散々な目に合わされて、けれどそれではさすがにもたないと思ったのか、ツヨシさんは変わった。完璧な男に。そつなく、家族の、皆の仕合せを支える男に。その結果が、皆に頼られる婿、夫である今のツヨシさん。さやかさんには頼られ、お義父さんには甘えられる、そんな男になったのでした。

しかし、それにしてもツヨシさんの気配りはすごい。これはさすがにないだろうというものでも出してくる。転ばぬ先の杖という表現がぴったりくる先読み力で、家族の生活をサポートしている。あんまりな有能ぶり、その完璧さがネタの根幹になっていて、まさか、いやしかし彼なら! その期待を裏切らないどころかさらに上回るツヨシさん。けど本当にすごいのは、二段三段で意外性を積み上げる作者でありましょう。本当、日常にふと見かける景色風景出来事を出発点として、それをこうひねるんだ! よくよくの発想力。本当、漫画家というのはすごいなと思います。連載の当初から少しずつ積み上げられてきたものが、キャラクターの個性、漫画の世界を支える実質となっていく。富永ゆかりは決して派手な漫画を描く人ではないけれど、地道に漫画の内実を高めていく丁寧な筆致は、ただならぬものがあると思います。あくまでも自然で素直だから、読み手を圧倒したり身構えさせたりはしない。けど、その裏側では並々ならぬ努力があるんだろうなあ。ツヨシさんのあり方 — 、面倒、苦労を決して人に見せない。この作者こそは、そうした人であると思います。

さて、漫画の話に戻りまして、あまりに完璧といってきたツヨシさんですが、実は完璧ではないんです。時にやり過ぎてしまう。こまやかに見えて、いたらぬ部分も持っている。けど、そうした部分があるからこそ、このツヨシさんという人を堅苦しいだけと感じないんだ。それに助けている、支えているのはツヨシさんひとりじゃない。ツヨシさんもまた家族の皆に支えられていることがわかります。妻さやかさんも、父さん、母さんも、それなりに欠点を持ち、また当然ながら強みをもっていて、そうした個性がお互いの足りない部分を埋めている。時に温かく、時にずるく、時にわがままに、時に思いやりをもって、家族としての機能を支えている。皆がお互いに理解しあい、愛しあっている、そんな家族ものなんですね。上村家に入ることのできたツヨシさんは仕合せものだと思います。皆が、お互いを受け入れる苦労を苦労と思わず、努力を努力と思わず、自然に、普通に、ありのままに、自分らしいスタイルでいられるのは、やっぱり家族愛なのでしょう。愛あるからこそ、あんなにも皆チャーミングなんだろうなあ。いや、本当。とりわけお義父さんがそう。信じられないほどチャーミングで、女性陣をかすませる勢いなんですから。

ともあれ、こんなに居心地のよさそうな家庭もの、読んでいるこちらもなんだか仕合せ気分です。だから私も、少しでも現実を仕合せなものにするために、相手のことを思いやれる人間になりたいと思います。上村家の人たちみたいに、愛すべきものとなりたく思います。

  • 富永ゆかり『すてきなムコさま』第1巻 (アクションコミックス) 東京:双葉社,2004年。
  • 富永ゆかり『すてきなムコさま』第2巻 (アクションコミックス) 東京:双葉社,2006年。
  • 富永ゆかり『すてきなムコさま』第3巻 (アクションコミックス) 東京:双葉社,2008年。

2 件のコメント:

匿名 さんのコメント...

>あんまりな有能ぶり、その完璧さがネタの根幹になっていて、
>まさか、いやしかし彼なら!

富永ゆかりさんはこういう描写が上手ですよね。こりゃありえんわ~、というネタが少ないように思います。「かなり*ハッピー!」もあんな不条理マンガでしたが、同じところがあったと思います。
この点は、私が富永ゆかりさんのマンガに惹かれる大きな理由であると感じています。

matsuyuki さんのコメント...

それほど突飛ではなく、けれど現実は超えている、そういういいバランスをお持ちなんでしょうね。あんまりに行き過ぎてしまうと、ついていけなくこともありますが、この方の漫画には、そういう心配がないように思います。