2008年6月14日土曜日

ああ探偵事務所

   『ああ探偵事務所』を買ったのは、つい先日の水曜日、11日のことでした。パターンとしては『コンシェルジュ』に同じです。天満橋のアバンティにて一押し、例によって第1巻は試し読み可。で、読んだわけです。面白かったわけです。一冊読み切ってしまったわけです。そこで私のルール、書店での立ち読み、もしそこで一定量を読んだならば、その本は買うに値する本であるが発動しました。けれど、今度は『コンシェルジュ』の時と同じ轍は踏みません。ああ、一気に買ったさ! 3冊4冊ずつなんてけちなこといわず、全部買ったんですよ。けど、この時点での最新刊、すなわち最終巻である15巻は売り切れたのか見逃したのか、買うことができず、ゆえに全巻揃うのは翌日に持ち越されたのでありました。

『ああ探偵事務所』はその名の示すように探偵ものであります。ちょっと変な探偵、妻木が主人公。常に左目を前髪にて隠した彼は、その持てる探偵力を駆使し、クライアントのためにベストを尽くす。彼の傍らには、美しい助手、井上涼子の姿があって、彼女の調査報告書を通し、我々読者は彼らの扱った事件を知ることになる — 。そういった仕掛けが、ちょっと古典的名作思い起こさせて、実にいい感じです。その古典というのはなにかというと、もういうまでもないか、シャーロック・ホームズのシリーズですよ。あれも、ホームズという私立探偵が経験した事件を、助手ワトソンの手記を通し知るという仕掛けを持っていました。そうなんですね。『ああ探偵事務所』は、シャーロック・ホームズへのオマージュとなっているんです。そしてそれは、主人公妻木が筋金入りのシャーロキアンであるというところからもうかがえます。ええ、この漫画自体が探偵ものに対する愛の表明であり、そして同時に愛の対象となるにふさわしい内実を持っていて、本当、素晴らしかった。面白く、楽しく、時にはハラハラ、ドキドキとさせて、そしてすごく感動した。ああ、これはいい漫画です。買ってよかった。

『ああ探偵事務所』については、表紙だけ知っていたんですね。美しい女性が表紙にある、その人が助手の涼子さんなんですが(茜ちゃんの時もありますけど)、それが非常に魅力的で、それゆえに敬遠していました。いやね、かわいい女の子、綺麗どころで押すばかりの漫画だったらがっかりじゃありませんか。もちろん、かわいい女の子、綺麗な女性、大好きですよ。実際、この漫画に出てくる女性たち、魅力的で魅力的で、あー、もー、どうしたらいいねん、って思ったこと、一度や二度ではないのですが、けどそれよりも、依頼の解決に取り組む妻木の姿にやられたのでした。

妻木、すごくいいやつ。根は真面目でまっすぐ。けれど、クライアントのためとなれば違法行為も辞さないという、ちょっとブレーキの壊れたところもある男です。しかし人を騙したり、傷つけたりするっていうことが嫌いで、そのへん非常に潔癖。それはこの人にとって探偵という仕事が、敬愛するシャーロック・ホームズに近づくための、神聖なものであるからなんだろうなあと、そんなこと思わせるのですね。探偵業は妻木においては理想の仕事であるから、決して手を抜こうとはしない。仕事の前には誠実、そしてクライアントに対してもそうで、目先の儲けよりも目の前の相手の仕合わせを願うかのような仕事ぶり、思わず熱いものが込み上げる、そんなこともしばしばでした。

けど、ただ感動をちりばめましたってものでもないのです。シビアな話だってあります。ですが、ぎりぎりのところで救われないラストには向かわないようになっていて、基本はハッピーエンド志向。安心して読めるのはよかった。ハラハラ、ドキドキといっても、命綱ついてるんですよ。それこそ、ちょっと調べてみたらですよ、この作者はやればできる人らしいから、それこそ助手の涼子さんを事件に巻き込んで、あんなこんなひどい目に! みたいなこともできただろうと思います。でも、やらなかった。それは、そういうシビアさを押し出そうとする漫画ではなかったから。妻木探偵を巡る、シビアでありながらも楽しく、面白い出来事、そして人の心、思い、情を描こうとしたものだったから。読者に必要以上の厳しさを突きつけるよりもエンタテイメントに徹した、安心して読める、そういう漫画でした。

しかし、面白い。なにが面白いかいちいち書いていったらきりがないから、それこそ思うところはいくらでもあるんだけど、それ全部吐き出したら絶対収拾つかなくなるから、泣く泣くここらでまとめなければならないんですが、最後にひとついうなら、私もがんばろうっていうことでしょうか。自分のこれと思ったものにがんばる。今置かれている状況でベストを尽くす。自分のために、そしてなによりもその時向き合っている誰かのためにがんばりたいと思いました。なに反省してるのって感じですが、けど、探偵さんの仕事ぶり、あれはそう思わせてくれるものでしたよ。ちょっと危うげな人だけど、不器用でほっとけない感じの人だけど、いざという時にはきっと頼れる、そんな信頼感。いやあ、なんのかんのいって、妻木がかっこいいんだ。あんな友人があれば、どんなにかいいだろう。そう思える、本当にいいやつ。常軌を逸したところもあるけれど、まあそれは漫画ですから。とにかく読んでみればわかります。がつんとくる、いい漫画ですよ。

蛇足

わしゃ鈴木杏子が好きじゃーっ!! あの細い手足、細い肩、細い腰、薄い胸、眼鏡、酷い性格。最高だと思う。けど、きっと現実に身近にこういう人がいたら、最低だろうな。きっと私とは共存できないタイプの人間です。けど好き。でも無理。

あと、以下、ネタバレ集。あえて隠さないので、この漫画読んでない人は、読まないように(つまり、漫画を読めといってます)。

レア・シャーロック・ホームズ・スニーカー。中敷にプリントされたホームズのシルエットですが、あれ、妻木はどうしてるんだろう。自分だったら、絶対中敷だけ買ってきて、交換して履くなあと思いながら読んでました。すんません。私も病的です。

病的ついでに。妻木の病的気質が全開になる痛快劇「泉さんフォーエバー」。ゲストヒロインの新條美咲(20)が超好み、というのはどうでもいいとして、それだけにあの男許すまじ、というのもどうでもいいとして、あのシリーズで妻木の棚橋に告げたホームズに対する愛。もういいじゃないスか 知識とか そーいうの! 激しく同感です。人は、特にマニアは、時に知識の量をもって愛の深さに代えようとしますが、私はそういうのにはもううんざりしていて、時に繰り広げられる知識勝負に対してもそうなら、すべてを集めきらないと気の済まないという自分の病的気質についてもそう。本当に大切なのは、ただ愛をもって向き合うということなんです。愛するがために知りたい、所有したいという気持ちはわかるけれど、そしてそれが膨大な知識やコレクションを形成する原動力でもあるのだけれど、でも愛とは量で測れるものではない。たくさん持っているから、詳しく知っているから、昔から知っているから、など、それらはその人が対象に愛着を持っていることは示しても、愛の質を明らかにするものではありません。ああ、私はこの作者、関崎俊三に感じ入りました。この人は愛の実質を知っている。愛するということは、所有し、独占し、ましてや誰かと競うようなものではないということをこの人は知っている。そりゃ、美咲でなくとも惚れる。泉、涼子でなくとも惚れますよ。

ところで、グラナダ・ホームズというのは、イギリスのテレビ局グラナダ・テレビの製作したテレビドラマのことです。以前NHKでも放送されていたから、ご存じの方も多いはず。去年、私がDVD-BOX欲しいっていってたやつですね。ええと、実は、私がグラナダ・ホームズに言及したことは他にもあって、それは『鬼切丸』で書いた時のこと。そう、突かれれば血も出るです。これ、グラナダ・ホームズの第18話「もうひとつの顔」からの引用です。誰がわかんねん! って話ですが、意外とこういう隠し引用あるいはもじり、私の書く文章には多いです。なんでかというと、それはもう愛ですのよ。愛を示すために引用するのではなく、愛がそれをさせずにはおられないといった感じで、最近はずいぶんましですが、昔はひどかったものなあ。ともあれ、いずれ『ああ探偵事務所』からも引用される日がくるでしょう。

あ、そうそう。「最後のあいさつ」を読んで、昔あった事件を思い出しました。2005年の7月ですね。このBlogでは屈折リーベにて言及されていました。

あ、そうだ。この漫画のヒロインは涼子、『コンシェルジュ』のヒロインも涼子でした。ここに私は提唱します。ヒロイン涼子に外れなし! です。

  • 関崎俊三『ああ探偵事務所』第1巻 (ジェッツコミックス) 東京:白泉社,2002年。
  • 関崎俊三『ああ探偵事務所』第2巻 (ジェッツコミックス) 東京:白泉社,2002年。
  • 関崎俊三『ああ探偵事務所』第3巻 (ジェッツコミックス) 東京:白泉社,2003年。
  • 関崎俊三『ああ探偵事務所』第4巻 (ジェッツコミックス) 東京:白泉社,2003年。
  • 関崎俊三『ああ探偵事務所』第5巻 (ジェッツコミックス) 東京:白泉社,2004年。
  • 関崎俊三『ああ探偵事務所』第6巻 (ジェッツコミックス) 東京:白泉社,2004年。
  • 関崎俊三『ああ探偵事務所』第7巻 (ジェッツコミックス) 東京:白泉社,2004年。
  • 関崎俊三『ああ探偵事務所』第8巻 (ジェッツコミックス) 東京:白泉社,2005年。
  • 関崎俊三『ああ探偵事務所』第9巻 (ジェッツコミックス) 東京:白泉社,2005年。
  • 関崎俊三『ああ探偵事務所』第10巻 (ジェッツコミックス) 東京:白泉社,2006年。
  • 関崎俊三『ああ探偵事務所』第11巻 (ジェッツコミックス) 東京:白泉社,2007年。
  • 関崎俊三『ああ探偵事務所』第12巻 (ジェッツコミックス) 東京:白泉社,2007年。
  • 関崎俊三『ああ探偵事務所』第13巻 (ジェッツコミックス) 東京:白泉社,2007年。
  • 関崎俊三『ああ探偵事務所』第14巻 (ジェッツコミックス) 東京:白泉社,2008年。
  • 関崎俊三『ああ探偵事務所』第15巻 (ジェッツコミックス) 東京:白泉社,2008年。

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