2008年6月16日月曜日

キャノン先生トばしすぎ

 私にとってゴージャス宝田という人は、ちょっと特殊な位置を占める漫画家です。18歳未満には読めない呪いのかかった漫画を描く人であるのですが、この人の描くエロに関しては本当に受け付けない、まったくもってあわないと、そういいきってしまえるくらいに私の趣味からかけ離れているのです。だというのに、その漫画となるととにかく面白い、読ませるというのだから不思議です。出会いは、『絶体絶命教室』でした。表紙の絵柄から、あわないんじゃないかなあ、いやな予感するなあと思ったのですが、けれどなんだか評判がいい。ああ、じゃあ、思い切って買ってみるかと思ったんですね。最初はしくじったと思いました。あわないのはエロの表現もそうですが、それ以前の好き嫌いもあって、私はこの人の描く人体が受け入れられない。ちょっと気持ち悪く感じてしまうんだ。だから、駄目かなあと思っていたんですが、読み進んでいるうちに、もうそんなことはどうでもいい、いったいこれどういう展開するんだと話に引き込まれてしまって、そして怒濤のエンディング。すごいと思いました。もうまったく呑まれてしまっていました。

とまあ、こんな具合に骨太のストーリーを展開する人だと知っていたんですが、『キャノン先生トばしすぎ』に関してはすっかり出遅れました。単純な理由です。気付いたら出てた。さらにいえば、初回限定版が市場から消えていた。ああー、惜しかったなあ、初回が残ってたら買ったのになあ、なんてクールなふりしていたんですが、ところがですよ、なんだか異様に評判がいい。あちこちで名前を聞く。薦める人がやたら多い。ああ、じゃあ、思い切って買ってみるか。そうしたら、もう、すごいですね、これ。完全に打ちのめされましたわ。本当、確かにこれは読まれるべき本であると思ったんです。

なにがすごいか。それは、一言ではいいにくい。だから、ネタバレします。だから、この漫画を読んでいない人は、ここで逆戻りして、一読してから戻ってきてください。

寡作なエロ漫画家ルンペン貧太が現役小学生漫画家巨砲おおづつキャノンのアシスタントになって、ラブエロ生活を送るというコメディです。けれど、話が動き始める中盤、これからがものすごい。生活の安定を得たことで、すっかり堕落してしまった。そんな自分の姿に気付いた貧太が、自分の漫画を描こうともがく、その姿がすごかったんです。貧太は描けない漫画家だ。思いをかたちにできずに焦り、そして無力感から卑屈の度合いをどんどん強めていって……。もう、情けない、情けなくて涙が出てくる。自分よりもずっと年下のキャノンにみっともない泣き言をぶつけ、編集部においても同様。甘さを拭えず、しまいには最低な逃げを打って出る。もう、ゴミのようで、けれどそんな貧太が変わるんですね。なぜ漫画を描こうと思ったか、なぜエロ漫画でなくてはいけなかったか。みじめだった学生時代を思い出し、そのみじめさを抜け出すための手段として、エロ漫画を選んだことを思い出すんですね。

正直にいいます。感動的でした。鬼気迫る原稿作業。間に合わないことは分かり切っているけれど、それでも描かずにはいられない。やらずにはおられない。そうした貧太の思いの熱さが、絵から、台詞から、紙面から、立ち上ってくるかのようで、そしてそこに巨砲キャノン、剣峰百合子がなぜエロ漫画家になったのか、ならないではおられなかったのか、その理由がかぶってきて、圧巻。主流に紛れることのできなかった二人、ゆえに排斥され続けてきた二人、彼らの思いがぶつかって、そして響いた瞬間、火を吹かんばかりに漫画は赤熱して、凄まじい速度で走り出します。

聞いた話では、読者はページをめくる行為に快感を覚えるのだそうです。ページをめくるという動作が、新たな情報、新たな展開を引き出す。未知の刺戟を生み出すページめくり動作が、パブロフの犬よろしく、読み手の脳に快感をたたき込むのだそうです。この漫画ほど、そうしたことを実感させるものはありませんでした。とにかく、手が止まらない。強烈なドライブ感が、読み手である私を引っ張って、引き摺って、巻き込んで、振り回して、そして私はページをめくって、めくって、めくって、そのめくるごとに驚きが、興奮が、躍動が、感動がたたき込まれて、脳は酩酊、背には、手には、額には汗が浮かび、そして目には涙がにじみましたよ。ああ、すごいもの描きやがるなあ、掛け値なしにそう思いました。

こんだけ褒めたので、悪いことも書いておきます。ストーリー重視のアダルトゲームをプレイしている時にも思うのですが、ストーリーが高まりを見せ、エロシーンが入り、再びストーリーに戻る、そうした時に、どうしてもエロは邪魔と感じられて、だって、これからどうなる、それで貧太は海乃にいったいなにをいうのだろうと気持ちが先を求めてじれている、そんな時に、悠長にキャノン先生のオナニーなんか見てられませんよ。申し訳ないけど、中盤以降のエロシーンは飛ばさないではおられなかった。四回くらい読んで、落ち着いて、ようやく読んだ。私はもうそんな具合で、とにかくストーリーにエロはあわないなあと思ったのでした。

これはつまり、エロに興味がないという人でも大丈夫だといっているんです。エロが嫌いなら、飛ばして読めばいいっていってるんです。骨太のストーリーを追うだけでも充分以上の価値がある。もし漫画が好きだというのなら、これを読めば熱く伝わるなにかがあるはず。それを知らずに過ごすというのはもったいないっていっているんです。そりゃ、この人のエロが趣味にあえば最高でしょうさ。けれど、それがあわないとしても、なんらこの漫画の価値は損なわれない。それはこの漫画がエロのニーズを満足させつつも、それ以上の世界を描いているから。でもそれは、これがエロ漫画でなくってもいいといいたいのではありません。これは、エロ漫画として世に出ることに必然性を持っています。エロ漫画でありながら、エロ漫画を超え、そしてエロ漫画として完成している。かくも特別な漫画なのであります。

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