2008年9月10日水曜日

T・Pぼん

 地上三十階書店の新刊コーナー、平積みされたコミックスの中に『T・Pぼん』を見付けて、うわあ懐かしいなあと、思わず手に取ってしまったのでした。『T・Pぼん』は、ひょんなことからタイムパトロール隊員になった、なにをやっても平凡な少年、並平凡が主人公の漫画です。私は、まだ小学生だった頃でしょうか、これを『藤子不二雄ランド』というシリーズで知り、立ち読みにて親しんで、いやね、貧乏で買えなかったんですよ。だから立ち読み。コミックスにシュリンクなどの立ち読み防止がされていない、今から思えばのどかな時代でした。そんな時代の漫画。歴史に関わる人物の危機を救い、歴史の改変を最小限にとどめる使命を帯びたタイムパトロールの活躍が、ロマンとともに押し寄せてくる。ああこれこそは藤子不二雄の醍醐味であると、今手にしてもわくわくとさせる躍動に満ちています。

この漫画が描かれたのは1978年だったそうですね。高度成長期が終わって、オイルショックを経験して、しかしまだ科学技術の進歩が明るい未来を開くと信じられていた時代。今現在を守るために、タイムマシンというオーバーテクノロジーにより歴史に介入するというストーリーに、そんな時代のある種の傲慢を感じてしまったのは私が大人になってしまったからかも知れません。1巻収録の「バカンスは恐竜に乗って」のような、タイムマシンを使って過去に介入する人間を取り締まるのはあり、というか、むしろされねばならないことであろうと思いますが、しかしその過去の時点で自然に起こってしまうような出来事なら、未来人は関わってはいけないと思うのです。仮にそれが、今自分たちのいる時代を大きく変化させてしまう事件だとしても、その時代のことはその時代にまかせなければならない。そのように思う私にとって、彼らタイムパトロールのやっていることとは、今という時代を勝ち取った人間のエゴとしか映りません。異なる可能性に分化していこうとする歴史のダイナミズムを摘み取ってしまう、強者の論理にほかならないと思われて、だからもしかしたらこの漫画の下部には、今所有されている現在と、実現したかも知れない未踏の現在が、互いの存在そのものを賭け、闘争を繰り広げているのかも知れません。

以上は私の考えすぎです。『T・Pぼん』自体は、もっと健康的な漫画であります。過去に旅し、様々な時代を体験させてくれる、それを介入だなんていう人間は心が歪んでるんです。ともあれ、歴史的に確定したとされていること、その積み重ねが今をかたち作っており、そのひとつの石が欠けるだけで、今という時代を支えている石垣は崩れ去ってしまう。まったく違ってしまいかねないという、その大局的な視点はわくわくさせるものでした。史実に名を残した人、史実に聞く有名な事件にだって彼らは関わる。ですが、そのほとんどは名もない人の、名もない事件への介入でした。そして、この名もないということが、ことさらに歴史のロマンを感じさせたのだと思うのですね。

ピラミッドの建設、あるいは魔女狩りの風が吹き荒れた中世ヨーロッパ。こうした時代に飛び込んでいく彼らを通じ、過去の、歴史の場面を、生き生きとしたものとして感じ取れる。これはなんと心躍る疑似体験でしょうか。コンピュータやCGが進歩する前に、私たちは漫画という媒体を通じて、疑似的なリアルを全身で感じ取っていました。魔女なんて本当にはいなかった、しかし魔女を作り上げていたのは人間の心であったのだ、そうしたことが、シンプルにして充分な筆致で描かれて、それがまたドラマティックで、なんというむごく、酷い時代があったものだろうか。時代の空気を感じさせてくれる、そういう漫画であると思います。

でも、さすがに三十年前の漫画だから、ちょこちょこ古びた知識やなんかはあるけれど、それは漫画の内容を損なうようなものではありません。むしろ、1970年代、80年代の、それこそ私が育った時代を物語るものであります。恐竜、古代、戦争、西部劇といったテーマ。科学技術や人間性への信頼とともに懐疑も描かれる、そうしたところに藤子不二雄の健全を感じ取って、私は自分がそうした時代を、氏の漫画とともに歩んできたということに、言い知れぬ幸福を感じます。間違いなく私の知識のベース、感性の基盤には、藤子不二雄がある。だから、もし私と氏の漫画との出会いがなくなったとしたら、ここでこうしたことを書いている私は消えるのです。

ところで、『T・Pぼん』のヒロインであるリームは、2016年のミドルスクール三年生。2016年はもう五年後に迫っていて、つまりリームはもう生まれている、今は小学生でしょうか、こうしたところにも時間の流れというものを痛感させられます。

  • 藤子・F・不二雄『T・Pぼん』第1巻 (希望コミックス) 東京:潮出版社,スペシャル版,2008年。
  • 藤子・F・不二雄『T・Pぼん』第2巻 (希望コミックス) 東京:潮出版社,スペシャル版,2008年。
  • 藤子・F・不二雄『T・Pぼん』第3巻 (希望コミックス) 東京:潮出版社,スペシャル版,2008年。
  • 藤子・F・不二雄『T・Pぼん』第1巻 (中公文庫 ― コミック版) 東京:中央公論新社,1995年。
  • 藤子・F・不二雄『T・Pぼん』第2巻 (中公文庫 ― コミック版) 東京:中央公論新社,1995年。
  • 藤子・F・不二雄『T・Pぼん』第3巻 (中公文庫 ― コミック版) 東京:中央公論新社,1995年。

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