2008年12月6日土曜日

すいーとるーむ?

  どんだけ、永井君は夢見がちなんだろう。彼は職場の先輩、ゆかりさんに憧れて、あれやこれやと夢見るけれど、今までがそうだったように、その夢は打ち砕かれる運命にあるってことを、まったくもってわかっていません。でも、夢っていうのはそういうものなのかもなあ。我が身を振り返ってみても、そんな気がします。つまり私も、それなりに夢見がちであったということなのですね。これまで、職場で、学校で、素敵な先輩、魅力的な同期、可愛い後輩に夢を見てきた、出会ったばかりの人にさえ夢を見てきた。けれど、そうした夢は永井君の夢同様儚く消えると相場は決まっていて、それゆえ永井君の気持ちもよくわかるってもんさ。多分この気持ち、かつて男子だった人ならわかってくれると思う。いや、女子でもきっとわかると思いますけどね。

それはいわば下心。下心あれば水心、といかないのが世の常とはいいましても、それにしても永井君の思いの通じなさは半端でなく、それはきっと、彼のレベルが、まわりの人たちのレベルに達していないからなんだろうなあと思うんですね。なにしろ彼の周囲の女性陣は個性的すぎます。通勤嫌い、外出嫌いが高じて会社に住まうようになった先輩がいる。見た目はすごく優しげで落ち着いた風に見えるのに、中身は結構シビアで容赦ない人もいる。元社員の強みをいかして、凶悪な値引きを迫ってくる人もいれば、三人組でこれまた凶悪な売り込みをかけてくるのもいる。いやあ、しかし華やかな毎日でうらやましいよ。なにぶん私の職場は男の職場、課に女性はひとりもおらず、仕方がないから男性社員間でセクハラしあう毎日です。

閑話休題。永井君を見ていると、ああ男というのは浅はかだなあと思ってしまうんですね。きれいなお姉さんが笑顔で話しかけてくれるだけで、勝手に勘違いして、そんな気になって、そしてうまく使われてしまう。でもこういうことは現実にもあるんだと思うんです。だって私がそうだもの。視線が胸元に向かってしまうというのもよくわかります。私にも幸い理性があるから、必死で押しとどめようと努力はするけれど、いやはや古い脳に刻まれた習性というものはおそろしい、なかなかに理性だけでは御せない。だからこそ、永井君の気持ちもわかるっていうんですね。

『すいーとるーむ?』の面白さは、その永井君の底の浅い、いやちょっと言い換えよう、まっすぐで素直なところあってのものだなあ、そんな風に思っています。憧れのゆかりさんがいて、美好さん、塩田さんがいて、そしてセールス三人娘がいて、この人たちの活躍、個性は、永井君と関わることによってより一層によく引き出されて、いわば永井君は触媒みたいなものですね。いかにもちょろそうな永井君に迫る魔手、それはお決まりのパターンにはまるのだけど、そこまでにバリエーションがあって、今度はどうアプローチしてくるんだろうという面白さ。またゆかりさん、美好さんの、友好的な人たちにしても、永井君の勝手な期待が肩透かしを喰らう、それもまた勝手に外しているだけなんですが、そうした関わりの中で表現される、彼女らの個性。それが素敵です。

ただ、ゆかりさんに関してだけはやはりヒロインであるというべきか、永井君を離れた個別エピソードも豊富で、この人のとにかく外に出たくないという性質に発するネタもパターンの中にバリエーションを持って広がり、面白いのですね。基本的に固定された人間関係、性格、舞台で展開されるから、そんなに大きくパターンを外れることのない漫画ですが、それでも飽きることなく読めるのはその描き方、バリエーション、そして期待させるその見せ方であると思います。きっとこうだ、きっとこうなると思わせる部分がある。そうかと思えば、これでどう展開していくのだろうという部分も用意して、パターンと意外性の面白さが合わさっている、そんな風に感じるのですね。そして、そこにはキャラクターの個性というものも少なからず関わっていて、けれどそれもキャラクター頼りではなくて、そのバランスもまたよいと、そんな風に思っています。

ところで、永井君のベストショットは、靴下を取りだすべく洗濯槽に手を突っ込んだあのコマだと思います。その躊躇のなさ、迷いの消えた表情には、決断する男の凛々しさが充ち満ちていたと思います。本当にかっこうよかった。ただ、惜しむらくは、そのシチュエーション。その決断力、男前は、もっと違ったところで出せよ! こうしたギャップが本当にたまらない漫画です。

  • 東屋めめ『すいーとるーむ?』第1巻 (まんがタイムコミックス) 東京:芳文社,2008年。
  • 東屋めめ『すいーとるーむ?』第2巻 (まんがタイムコミックス) 東京:芳文社,2008年。
  • 以下続刊

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