2009年3月1日日曜日

にこプリトランス

 うん、ああ、なんだ、素晴しいな『にこプリトランス』。本当に面白かった、本当にいい話だった。あのラストに向かう激動、怒涛の展開にはわくわくさせられっぱなしで、しまいには度肝を抜かれる始末。そうかあ、これまで語られてきたことは、こういうかたちで決着させられるわけかと、ちょっとにやにや。しかし、おそろしいほどの多幸感ではないですか。思えば、あれだけ登場人物があって、その誰もが一癖二癖ある、そんな人たちであったというのに、みんなすごくいい人って感じられる、そうしたところなどは最高で、だからなんでしょうね、終盤、次々とカップルが成立していく、そこに、えーっ、と思うような、その組み合せはいやだー、と思うような要素は皆無でした。カップル成立のたびに、心から祝福する気持ちになれた。架空の人たちだというのに、そうした気持ちになれる、それほどの身近さがあった漫画。本当にいい漫画、大好きでした。

しかし、そうした幸福の影にちょっとせつなさがあった。そうしたところも、また私の心を捉えたのです。アンドロイドのせすとりんす。彼らの気持ち。とりわけ、普段明るく振る舞っているせすの気持ちがせつなくて、ちょっと泣けた。騎士の寂しさが消えたら、自分の役目も終わるのではないだろうか。そんなことを考えている娘でした。いつも騒動の中心にあるかのような、勢いと華やかさを兼ね備えた娘だけど、その実、どこかに疎外感を抱いている。自分は、あくまでも異質なものなんだって思っている。この人たちに真実混ざり合うことはできないと、そんな冷静さを隠している。選ばれることはないし、選ばれてはいけない。負い目だったのかなあ。そうした心情がまれに浮かび上がることがあれば、それはそれは切なさをかきたてて、もうたまらなかったです。

だから、あの最終話はよかった、心から思うのでした。人というのは、お前はここにいてもいいのだと、そういわれるだけで仕合せになれるものだと思うのです。私はここにいてもいいのだろうか、そうした疑問を持っている者ならなおさらでしょう。だから、あの最後の場面に向かおうとするページは沁みました。答こそは描かれなかったけれど、しかしこの物語を追ってきたものなら、あえてその場面を必要とはしないでしょう。もしかしたら、ふたりは、自分が皆に秘密を持っているということを、気詰まりと感じていたのかも知れない。けれど、そうしたわだかまりさえ消えてしまえば — 。

この漫画は、承認を与え、そして得るという過程を描いてきたのかも知れない、そのように思ったのでした。個性的な人たち、みんな決して優等生じゃない。人見知りがはげしかったり、人物紹介にちょっとばかって書かれるほどだったり、ここぞというところで弱気だったり、要領がとにかく悪くて空回ったり、けれど誰もが皆ちゃんと承認されている。最初は、なんとなくいがみあうようなこともある、そんな間柄であったのに、いつしか、大切な友人として承認し、承認されて、頼りにして、されて、それはただ役に立つからだけでなく、その人が仕合せなら私も嬉しいと、そう思えるような間柄にまでなっているのですね。ああ、白雪しおんの漫画を読んで感じる幸いとはこれであるかと思った。人というものに対する優しさがある。人の気持ちを蔑ろにすることがない。大切なあなたの気持ちは、私にとってもかけがえのない宝であるのだ、そうしたメッセージが、漫画の、表現の向こうから聞こえてくるようで、そうか、だから私はこの人の漫画に描かれる世界が、人たちが好きなのだ。そう思った。ただ、好きだから、好きというわけではなかったのだな。ようやく気付けたように思います。

たとえあなたが私たちとは違う異質ななにかであっても、私たちはあなたを愛している — 。そうした大きくて深い情愛が素晴しい漫画でありました。願わくば、私もそうした情愛を持つひとりでありたい、そんなことを思わせる、素敵な漫画でありました。

蛇足

あー、笹はどうなんだろう……。でも、笹は愛されてると思うんだ。あの姉からも、そして作者からも愛されてると思うんだ。

ところで、人物紹介におけるせす。マーメイドライン? スレンダーライン? 詳しくないんですけど、いや、ただただ綺麗だなあと。本当にただそれだけ。

  • 白雪しおん『にこプリトランス』第1巻 (まんがタイムKRコミックス) 東京:芳文社,2007年。
  • 白雪しおん『にこプリトランス』第2巻 (まんがタイムKRコミックス) 東京:芳文社,2007年。
  • 白雪しおん『にこプリトランス』第3巻 (まんがタイムKRコミックス) 東京:芳文社,2008年。
  • 白雪しおん『にこプリトランス』第4巻 (まんがタイムKRコミックス) 東京:芳文社,2009年。

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