2009年8月7日金曜日

ハッピーカムカム

 本日、『ハッピーカムカム』の発売日。やったあ。いや、ついこのあいだショックなことがあったばかりだけれども、しかしそれでもやっぱり嬉しいことですよ。『ハッピーカムカム』は好きな漫画であることはもちろん、私の好きなジャンルであるところの女の子コミュニティものでもあります。ところで、以前こんなこといってました。私はこういう女の子コミュニティものが好きなんだけれど、そういうのがばたばたと討ち死にしていった時期があって、だからこそ『ハッピーカムカム』だけは死守したいのさ。けど、よくよく考えたら、女の子のコミュニティを扱った漫画って、たくさんあって、それこそ常にあり続けていたんですね。でも、なぜか私にとって『くるくるコンチェルト』や『ハッピーカムカム』は特別だった。それはなぜなのだろう。それは、と、ここでちょっと段落を改めます。

それは、もしかしたら、作者の後書きに書かれていたこと、編集さんの意見なんですが、かたぎりさんのは 萌え4コマじゃなくて やっぱりどーしても ファミリー系ですよねー、これなのかなって。私は萌えは計量できない、それは確かに確認はされるが、理論として体系づけることはできない、なんてこといってましたが、今でもその考えは変わっておらず、だから具体的に、今の萌え系といわれているものと、ファミリー系に分類されてしまうものとの違いがわからんのです。私が『ハッピーカムカム』に感じていたのは、穏やかさでした。ゆる系とかふわ系とかが流行のキーワードみたいですけど、そうしたものとは違うテイストがあると感じています。確かに可愛い女の子がいっぱいで、彼女らの日常が描かれる、そうした漫画である『ハッピーカムカム』ですけど、なにか違う。じゃあ、あんたはこの漫画にいったいなにを感じているのかといわれたら、やっぱり穏やかさって言葉になってしまうんです。

穏やかっていうのは、その表現のエッジとでもいいますか、強く踏み込んで、ほらこのキャラクター、可愛いでしょう、どう? どう? とでもいうような押し込んでくる感触が少ないという、そんな感触とでもいったらいいんでしょうか。男性の強く希求するキャラクターに対する答え、というよりも、もっと自然に、可愛いと感じるものをかたちにしましたというような、そういう感覚があって、例えば初期のホコちゃんがぽこぽこ歩いたりするのって、確かに可愛いんだけれども、おそらくは男性の求める可愛さではなく、また萌えというのとも違うんではないかなと思って、むしろ少女漫画に出てくるようなキャラクターの可愛さである、そんな風に感じるんです。こうした感触が、編集さんのいうところの、萌えというよりファミリー系ということなのではないか。ターゲットしぼって、チューニングをカリカリにほどこした、そんな漫画ではないってことなんではないかなって思ったりしたのです。

そして、私はそんな穏やかさが好きなんです。押し出しの強い漫画を読む時は、それがたとえ日常ものだとしても気を張っているんだと思う。でも、穏やかな漫画を読むときは、より一層にリラックスして読める、そんな感じでありまして、ええ、『ハッピーカムカム』はすごく気持ちを楽にして読める漫画です。気持ちが張ってないから、女の子たちの表情の変化についつい釣り込まれたり、またひょこっと出てくるネタにくすぐられて笑ったりする。それもすごく自然に。また、時に漫画を読んでいると、作中に読者である私を代理するような視線、ポジションがあったりすることがありますが、この漫画においてはそういった感覚はなく、あくまでも私は外部のものとして彼女らの交流を眺めているにすぎなくて、けれどそれは疎外されているっていいたいのではなく、むしろ気持ちはすごく近しいと感じている。この心地良い距離感が、なおさら当たりを穏やかなものとしているのかも知れません。私とは違う人たちの、楽しそうにやっているところを見て、ああ、いいなあって思っています。仲良くて、ちょっとシビアで、あけすけだったりもして、そしてきらきらとしている。ふいに投げかけられる笑顔にどきどきしたりして、絵もやっぱり魅力的なんだなって何度も確認させられて、そして再びキャラクターの、彼女たちみんなの魅力にやわらぐのですね。

ああ、これはあれかも知れない。すごく可愛いのに、自分の可愛さに気付いていない女の子が見せる表情。気取ってなんかない、すごく自然体で、気持ちのすっきりするようなね、そういう魅力なんだと思う。すごく女の子なんだけれど、女の子女の子していない、ぶっていない。そういう素直な気持ちのよさが『ハッピーカムカム』にはあって、それが私をとらえているのだと思います。

  • かたぎりあつこ『ハッピーカムカム』第1巻 (まんがタイムコミックス) 東京:芳文社,2009年。
  • 以下続刊

引用

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