2014年7月1日火曜日

アンネッタの散歩道

 豊かな自然、豊かな世界を背景に、妖精たちと人間の交流を描く物語。時は様々な機械技術が人々の暮らしを大きく変化させていった20世紀初頭。アイルランド、ダブリンに暮らすアンネッタの書いた手紙が、妖精丘に住まう変わりものの妖精、メイヴに届くところから物語ははじまります。長い時を、変わることなく自然のことわりに寄り添うように暮らしてきた妖精たちだけれど、メイヴは禁忌ともいえる人の世界に興味を持って、字を学び、本を手にいれ、さらにその上、アンネッタと文を交わしている。ただただ自然のあるがままに暮らしてきた妖精たちの中、よりよい結果を、変化を求め、時には自然にさえ抗おうとするメイヴの姿は、妖精にとっての異端であり、けれどひとつの希望であるのかも知れない。妖精丘を追放され、ダブリンへの旅を命じられたメイヴの出会いそして知ること。それが手紙となり、アンネッタとメイヴの間を行き来することで、ふたりの世界の広がっていく。その様がまぶしい。心を掴んでおおいに揺さぶるのです。

メイヴとアンネッタ。ふたりを繋ぐものは、変化への憧れなのではないかと思います。メイヴは、変化に乏しい妖精の世界を飛び出し、変わりゆく世界をつぶさに見て、聞いて、知りたいと思っている。アンネッタはというと、病弱だからと閉じ込められるようにして暮らしている、そんな毎日から飛び出したい。ふたりの交換している手紙は、メイヴにも、アンネッタにも、物珍しい冒険や、未知の世界、そして気持ちの機微を伝えてくれる、大切な機会であるのですね。

しかし、それにしてもなんと豊かな世界だろうと驚嘆させられます。メイヴとメイヴの友人モリー。ふたりは途中、旅の仲間を増やしながら一路ダブリンに向かう。その途上途上で出会う出来事、人物、そして事件は、コミカルで、それはそれはチャーミングで、読むごとに微笑ましさとわくわくとする胸の高なりを与えてくれるのですが、ひとつのエピソードが終わりに向かおうとするその時には、決まってその向こうに深く沈み込むようにしていたものが静かにそっと語り掛け、人の、妖精の思いや希望、誰かを思い遣る気持ち、そして愛などが、そのさだかでないかたちを、少しずつ明らかにしてくれるがようなのですね。

ひとつひとつのエピソード、その魅力も素晴しい。けれどこうして単行本として読んでみれば、ゆるやかに流れる河のごとく、ひとつの物語としての魅力をはなっていると理解されます。新たに知ること、出会うこと、それらがメイヴたちの、アンネッタの毎日に彩りを与え、そして確実に変化をもたらしている、その変化が見ていて目覚ましい。メイヴとモリーの関係がそうであったように、アンネッタとメイド、メアの関係にも変化があって、より深まるその交流。ああ、豊かである。そう思わされるのです。

  • 清瀬赤目『アンネッタの散歩道』第1巻 (まんがタイムKRコミックス) 東京:芳文社,2014年。
  • 以下続刊

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