2014年9月4日木曜日

スロウスタート

 花名、一ノ瀬花名はちょっと面倒くさい女の子。ちょっとのことで落ち込んで、自信なくして、内にこもってしまう。秘密がね、秘密があるんですね。友達にはとてもいえない。けれど心の中にずっと位置を占めている、そんな秘密があって、それが花名を少し重くしている。高校受験、試験の前日、おたふく風邪を発症してしまった。当然試験にはいかれない。だから本命は諦めて私学に賭けよう。その思いも消えてしまって、そうした花名の状況、大したことなんてない? いや、一大事だよ。花名の気持ち、痛いほどわかるよ。もう立ち直れない。そう思うのも当たり前。知り合いのいない場所でやりなおそう、そうなるのも全然おかしくない。ええ、ほんと、これ、衝撃でしたよ。

これ、いっちゃっていいのかな、ちょっと迷うんですが、自分の高校時代の友達にも、一年待った人がいたんです。そりゃ気も使いましたよ。けれど本人が明るくしてたから、なんでもないようにして付き合って、でも本当は影ではいろいろいわれたり、苦労もあったのかなあ。

もし自分がその立場だったら、その学校には通えない、そう思ったと思う。だから、花名のこと、思うと胸がずきずきする。いつかその秘密に発する不安やら後ろめたさやら、払拭される日がきたらいいな。そう思わないではおられない。ええ、花名、ほっとけないんですね。

花名、不安をともに通いはじめた学校で友達に恵まれて、十倉栄依子、百地たまて、千石冠、みんな個性的でマイペースで、いい子たちだと思うんですよ。花名のお世話になってる従姉、志温がその友達の話を聞いて安心する気持ちがわかる。父も母も、花名に対する心配が少し和らぐ、それもすごくよくわかる。ええ、いい友達に恵まれたね。一緒にいて楽しくて、花名が嬉しそうに過ごしている様子が見ていてとても安心できる。けど、だからこそなんだと思います。折りに花名の気持ちに射す影。彼女の秘密、それが花名にとって重荷になっているというそのことがひしひしと伝わってくる。その表情から、そのそぶりから、彼女の抱えている怖れが伝わってくる。心配が不安が流れ込んできている、それがわかるから、もうほんと花名、ほっとけない。

友達と一緒の時間が楽しければいいなと、花名の心配が和らげばいいなと、そう思う気持ちが折りに湧き出して、だから花名の両親、従姉にかなり近い位置から彼女のこと見ているのかも知れない。ほら、父がさ、母もだけど、花名にかける言葉がさ、なにげないんだけどさ、花名のこと思っているってすごくわかるの。こういう、ちょっとしたところに、その人の気持ち、思い、それを浮かび上がらせるのがうまいと思う。また、同じ浪人仲間といったらいいのかな? 万年さん、彼女の存在が花名にとっての救いに、また花名が彼女にとっての救いとなればいい。ええ、やっぱり花名のことを親身に思っている、そんな風に読んでしまっています。

親身になるのは、花名の存在が、ふわっとしながらも、そこに感じられる、そうした確かさを持ってるからなんだと思います。そして彼女を取り巻く人たちも、近しく感じられる、そうしたところがありますからね、花名、よかったなあ、そう思えるし、ああ、それが友達ひとりひとりが持って、確かにそうと感じられる魅力ってやつなのだろうなあ。ええ、皆が静かにしみじみとしてそこにある。そうした感触がとてもいい。とてもいい漫画なんですよ。

  • 篤見唯子『スロウスタート』第1巻 (まんがタイムKRコミックス) 東京:芳文社,2014年。
  • 以下続刊

0 件のコメント: